エレニの旅

テオ・アンゲロプロスの最新作「エレニの旅」を見てきました。以下、ネタばれがありますので御注意を。ワタシとしては、この映画は大きなスクリーンで見た方が絶対良いと思います。見ようかどうしようか迷っている人にはお勧めします。

1919年、ロシア革命のあおりでオデッサより引き上げてきたギリシア人難民の少女エレニが主人公です。時代的には、1946年からはじまるギリシア内戦のいずれかのポイントまでが舞台となっています。エレニは孤児で、引き取られたギリシア人家庭の息子アレクセイと愛し合い、その息子の子供を少女の頃(たぶん10代前半)に産みます。しかし、その子供達は養子に出されてしまいます。成長したエレニを、養父が後妻にしようとしますが、結婚式の日にアレクセイと駆け落ちし、養父から追われることとなります。。

アンゲロプロスの映像は、やはり素晴らしく、とくに黙した群像のシーンなどはまるで自分もスクリーンの中にいるんじゃないかとはっとして周囲を振り返ってしまう程で、非常に良かったのです。でも、正直いって前半はなんとなく違和感というか集中できないような感じでした。おそらく、主人公エレニのあまりの受け身さにどうしても共感できなかった…ムラ社会の中で孤児として生きているのだし…と理屈ではわかるのですが、感情的にはなぜそんなに無防備なのかと理解を拒む気持ちがありました。

駆け落ち後、アレクセイのアコーディオンに惚れ込んだバンドマスター・ニコスの庇護を受け、二人はやはり難民の町で暮らすことになります。ニコスが主催するパーティーで追い掛けてきた養父と再会。養父はアレクセイのアコーディオンで仮面をつけたエレニと踊ります。仮面を外したエレニの顔を見て養父は…「父親殺し」の主題が端的に示されるシーンです。

後半の印象的なシーンはいくつもあり、どうぞ御覧ください、としか言いようがありません。私が一番好きなシーンは白いシーツがたくさん干されている丘から、アレクセイの音楽仲間が一人、また一人と楽器を奏でながら出て来て、彼を見送るところです。

その後、ギリシア王制を強化する右傾化、第二次世界大戦下のイタリアの侵攻、戦後の内戦を経て、エレニは大切な人を立て続けに失います。畳み掛けるような不幸の連続、手を離したくなくても離れてしまうエレニの「現実」に、彼女の涙に、ワタシは母と祖母のことを思い出しました。

ワタシの母は、第二次大戦の頃、満州にいました。祖母は、満州で6人の子を持ち、そのうち一人は疫病で亡くなり、一人を引き上げの時に亡くしました。途中、貨車に乗ることはあったそうですが、朝鮮半島からアメリカ軍の船に乗るまで、祖父と二人で4人の子を連れて歩いて帰ってきたそうです。

母はその時3才で、子供が多かったため、近所のおねえさん__髪を短く刈り炭で顔をよごしたー__に手を引いてもらったそうです。「あのとき、おねえさんの手を離したら、自分は帰ってこれなかった」と、母は言いました。そして「あんなろくでもないじいちゃんだったけど、二親いたから連れて帰ってこれたのかもしれないね」と。

おそらく、幸運もあったのでしょう。なまなかなことでは生き延びることができなかった時代です。そこで流されたおびただしい涙を思い、そしてワタシは「握力は大事」と言った母の言葉を思い出したのです。

母や祖母の生き方を肯定しきれない部分もあるのですが、彼女たちの「握力」が、今のワタシを生かしめているのだなぁ…と、それは並大抵のことではなかったのだなぁ…と、エレニと共に泣き、泣きつかれた家路でぼんやりと思いました。