夜の広場

間があいてしまいましたが、へたれ旅16「ブラックシアター」http://d.hatena.ne.jp/ponjpi/20050531からの続きです。

二人のおじさまと旧市街広場のカフェでビールを飲みました。4月上旬のプラハは、寒暖の差が激しく、夜の屋外は大変に冷えました。広場に面したテーブルには、あちこちにストーブが出されていて、ワタシはそのストーブを背にする形で、冷たいビールを飲んだのでした(笑)寒さに関係なく、いくつかのカフェのテーブルはほとんど満席で、皆、それぞれに夜を楽しんでいる様子でした。

背の高いおじさまがポール。ひげを生やしたおじさまがヘンリー。二人はまるでカフカの『城』に出てくる従者たちのように、畳み掛けるように話しかけ、ワタシは混乱していたのですが、椅子に座って落ち着いたのか、ようやく二人の区別がつくようになりました。シリアスなのがヘンリーで、すぐ茶化すのがポールです。ひとしきり、お芝居の話やこれまで行った旅の話などをして笑い転げた後。

「ぼくたちは、ときどき変なアクセントで話すんだ、こんな風にね」とポールが変なイントネーションで話しはじめました。ワタシが笑っていると、「どうして僕らが変なアクセントで話すかわかる?」とヘンリーが聞きました。

ヘンリーがワタシに「名前を書いて」と言いました。ワタシが漢字とひらがなで名前を書くと、ヘンリーはさらさらっと自分の名前を書きました。ヘブライ語です。「ぼくは、イスラエル出身なんだ」と言いました。ワタシは、「イスラエルにいったことがある」と言いました。すると、ヘンリーは即座に、そして思いのほかするどく一言返しました。

イスラエルをどう思った?」

ワタシは一瞬、躊躇しました。テルアビブの空港で入国審査の際に丸裸にされチェックを受けたことや、エルサレムで同道したアラブ人の男の子が、イスラエルの警備兵に壁に手をつかされ背後から銃で突かれたことを思い出しました。そしてまた、テレジーンで見たものを思い出しました。ヘンリーは真剣なまなざしでワタシを見ています。

「きれいな国だと思った」
ワタシは、ヘンリーの目を見て答えました。エイラットでみた紅海の美しさ、マサダという崖に登って朝日を見たことを話しました。

「ありがとう。僕たちは、ときどき、こうしたことに出会うんだ」とヘンリーは言いました。君を困らせるつもりはなかったんだけど、僕たちにはそれぞれ持ってる歴史があって、楽しく会話を続けることが難しい時があるんだ。「そんな時に、僕らはフランス人のアクセントを真似して話すんだよ」とポールが笑いながら言いました。「どうしてフランス人かは聞かないでね。だって僕はイギリス人なんだからさ」顔がこわばったワタシに、ポールは「冗談だよ」とウィンクしました。「これがお互いつきあいを続けるおじさんたちの知恵っていうわけ」


結局、夜の広場で12時くらいまで飲んでいました。メトロもトラムも通常の運行は終わっていたので、ポールにタクシーを探してもらって、ホテルまで200コルナで帰りました。二人は翌朝4時に、車で北イタリアに行くのだそうです。ワタシはおじさまたちに尊敬の念を抱きつつ、眠りについたのでした。