セクハラであろうとなかろうと、献血は尊い

宇崎ちゃんのポスターについて、さまざまな、とくにセクハラか否かという議論があります。キズナアイちゃんのときは

ponjpi.hatenablog.com

のときは、フェミニズム寄りの私がアイちゃんを肯定するブログ記事を書きました。今回はどうかというと…環境型セクハラ論議は「ふーん」という感じでみてました。が、

tikani-nemuru-m.hatenablog.com

を拝読して、前半部分にインスパイアされたので書いてみます。

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ドラべ症候群の子どもたちを助けたい。

 

この記事では、友人のお子さんがかかったドラべ症候群という病気について説明があり、そして、その病気にかかった子どもたちに必要な「Buccolam (ブコラム)」という薬を早く承認してほしい!と訴えています。ドラべ症候群というのは、乳幼児期に発症するてんかんの一種です。私は、てんかん患者ですが、正直この記事を拝見した当初、ピンとこないところがあったので、色々調べてみました。1人のてんかん患者として、てんかん発作がどのようなものか、そしてなぜ「ブコラム」が必要なのか、私なりの考えをお伝えしたいと思います。

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駅で急にへたり込んでしまった話

 

anond.hatelabo.jp

 

「へたりこんでしまった」ことがある身からすると、声をかけてもらえると有り難いです。脳腫瘍(髄膜腫)が発覚する前、急に右足に力が入らなくて立ち往生したこと、手術後、てんかん発作を起こしてホームで倒れたこと、があったのでその時の経験を書きます。

 

脳腫瘍については↓で書きました。 

人生には「まさか」という坂がある

http://ponjpi.hatenablog.com/entry/2019/01/09/132559

 

 

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手術の後は麻酔でぐうぐう寝て…いられなかった話

乳腺外科医のわいせつ事件はあったのか?~検察・弁護側の主張を整理する(江川紹子) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

医師が手術直後の女性患者の胸をなめたなどとして準強制わいせつの罪で逮捕・起訴された事件。

 

この事件、患者女性の主張が突飛すぎるので、これは「術後せん妄」の可能性が高いのでは?と思い事件に関心を持ちました。「術後せん妄」というのは、

手術をきっかけにしておこる精神障害で、手術の後いったん平静になった患者さんが1~3日たってから、急激に錯乱、幻覚、妄想状態をおこし、1週間前後続いて次第に落ち着いていくという特異な経過をとる病態をいいます。

https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/kango/jutsugosenmou.html

 

 

だそうです。もしも、術後せん妄だとすると、患者さんにとっては「実際にあったこと」という認識でしょうし誰にも理解されないと苦しいでしょう。医師側からすると、努力や誇り、キャリアを奪われた形になってしまい惨劇というほかないでしょう。どちら側にとっても本当に不幸なことだと思います。

 

患者さんに対して術後せん妄のケアはどうだったのかな、と思いました。病院によって違いはあるのでしょうが、私が脳腫瘍(髄膜腫)の手術をしたときのことを、記してみます。手術前に丁寧な説明を受けたにも関わらず手術後ってこんな感じでした。

【追記】術後せん妄に思い至ったのは、この時、術後の説明を丁寧に受けていたからだと思います。ちなみに8年前です。

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人生には「まさか」という坂がある

医者に相手にされなくて悲しい

 

という増田の記事を読みました。身体に不調があって色々いわれるととても不安になるだろうから、こんな経験もあった、ということで流してくれてもいいんだけど、でも、「そんなこともあるんだ」と思って、別の病院に行ってもらえたら、そっちの方がいいかな、と私は思います。そういうわけで、私の経験を書きます。長いです。

長いからまとめると、足に不調があって、整形外科に行った。原因がわからないけど1つずつ検査をしていき、時間が経つにしたがい症状がはっきりして、脳に腫瘍がみつかった、驚いた、という話です。

 

 ある晩、畳に座ってドライヤーで髪をかわかしていたら、右足が急に「固まった」ように動かなくなりました。でも、すぐ動くようになったので、「これは気のせい」ということにしました。

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勝谷誠彦さんに気圧された学生時代のワタシ

勝谷誠彦さんが亡くなった。彼にとっては、風の前のチリにも等しいが、私にとっては社会の入口で出会った人で、「マスコミってこんな人がいるところなんだ」と思わせてくれた方なので、ご冥福を祈りつつ思い出を書いてみる。

 

大学生の夏、私はたまたまソ連に旅行をして、たまたまクーデターに遭遇した。たまたま新聞社で作文コンクールが開催され、応募してみたら、賞がもらえた。そうしたら大学の先生が、「文章書きたい?」と聞いてくれて、「それだったら」と紹介してくれたのが勝谷さんだった。

 

その頃、勝谷さんは『週刊文春』でブイブイ飛ばしてた人だった。先生が電話するとすぐに会ってくれた。とあるムック本に書くことを提案してくれ、うなずくと、誰かに電話をして「自由に書いてくれていいって。写真ある?それもつけて」と。私はうなずくだけで、あっという間に原稿用紙7枚の仕事がもらえた。これ以降、こんなに労せず仕事をいただけたことは一度もない。

 

そして、他の編プロの人たちと共に鯨料理屋でごちそうになった。私が朝日新聞ライクな学生だと知っていて、9条の議論やフェミに関する話題を振られた。私の答えに対し、鼻先で笑った。怒涛のように自説を述べ立てた。そして、

 

「誰かが言ってることを書いてるだけじゃ、文章で飯食えないよ」「きれいな所できれいなこと書いてるだけじゃ誰も読まないし、売れない」「その覚悟はなさそうだなあ」

 

そんなことを言われた。ほかにも、お酒を飲みながら、けっこうキツイことを言われた。帰り道、酔いが回って鯨を吐いた。もう会うもんか、と思った。

 

とはいえ、出版社から送られてきた、きちんと製本された本は、とても嬉しく。加えて原稿料までもらえるそうなので、何度も逡巡し、ためらいながらお礼の電話をした。そうしたら開口一番「原稿料いくらだった?」と聞かれた。5万円だそうです、と答えると「ちょっと少ないな、写真も出したんでしょ?電話しとくから」と言って、あっという間に電話を切った。

 

忘れた頃に、編集の人から電話が入り、振込先を聞かれた。その時、「写真代も足しておきましたから」と。記帳したら、2万円プラスされ、7万円も入っていた。嫌われたと思っていたのに、なんて面倒見の良い人なんだ、と思った。調子に乗ってお礼の電話をした。その際、ほかの原稿を見てもらえないか、と尋ねると、

 

「今ね、悪いけど、自分の方にも火がついて、それどころじゃないんだよね。」

と早口で言われて、さっと電話を切られた。なんだか、恥ずかしいような、いたたまれない気持ちになった。以来、連絡しづらくて、そのままになった。

 

大学の先生に「勝谷とまだつながってる?」と聞かれ、もじもじした。「あいつキョウレツでも面倒見はいいんだけどねー。無理だったかー」とがっかりされてしまった。主義主張がどうとかいうより、自分の押しの足りなさと、変なプライドがあいまって食いついていけなかった。

 

 

学生だった私は、他人に電話をかけるのにも勇気がいった。学生の頃からライターの仕事をバリバリされていた勝谷さんにとって、私はぬるい学生だった。それでも、酒を飲みながら機関銃のように「左巻き」を罵倒し、そのくせ「左巻き」の私にさっと仕事をおぜん立てして、原稿料の交渉までしてくれた。たぶん、他にも色んな人に、手を貸していたんじゃないかと思う。少しだけ勝谷さんとすれちがった私は、そう思う。

 

フェニミズムってなんだ・胸の大きな女の子

キズナアイ」というバーチャルなキャラクターがNHKノーベル賞紹介サイトで登場し、さまざまな物議をかもしました。それを読んで疑問に思ったのが、フェミニズムはどんな女の子(あるいは男の子)を対象にしているかということ。

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