懺悔のために雲仙は何度も「危険な場所」扱いされる

雲仙普賢岳が噴火して、今年で30年。節目の年の度に、「雲仙は危険な場所」というイメージが醸成される。そしてまた、「取材に市民を巻き込んだ」という懺悔記事がでた。私はこういう記事に怒りを感じる。腹が立つのでリンクはしません。

と思ったけど、忘れっぽいので備忘としてつけます。

過熱報道で「市民を殺した」悔やむ元記者 雲仙・普賢岳噴火から30年 | 47NEWS

 

母が島原出身で、自分も映像の仕事で雲仙を取材した。噴火から10年、今から20年前だ。雲仙の四季や地獄の歴史を紹介するため、現地に何度も足を運んだ。

 

雲仙は、もちろん温泉で有名。メインの「温泉地獄」は、遊歩道があってゴツゴツとした岩場に臭気と蒸気が立ち上る。風向き次第で、結構な熱い空気に煽られる。東の小浜から中央の雲仙、西の島原へ向かって、源泉の温度が80度、60度、20度と下がっていくのが不思議だった。

それぞれの旅館に温泉が引かれているけど、足湯や公共の温泉もあった。良かったのが、少し離れたところにある小地獄。白濁した硫黄泉でとろりとしている。お高いホテルには泊まれなかったけど、打ち合わせで「雲仙観光ホテル」に入ったことがある。昭和初期に建てられた洋風の外観、飴色のレトロな内装、ちょっと贅沢な気分に浸れる。

 

そして、仁田峠のロープウェーで普賢岳にのぼると、噴火してできた平成新山がすぐそこに。ああ、こんなに近くで噴火して、そして今や観光資源の1つになっているとは、感慨ぶかかった。

 

母のふるさとで仕事ができることが誇らしかった。取材の下見に、島原の足湯をめぐっていたら、世間話をした相手が、なんと母や伯母と同じバスで同じ学校に通う人だった。

 

でも、東京に帰ると、もうすっかり観光地として復活しているのに、「雲仙ってまだ危ないんでしょう?」と言われる。マスメディアの力ってすごい。地元の人たちの観光PRなんて、それを覆す力はないし、なかなか届かない。

 

たぶん、当時の「危ない」映像だけ流されて、「まだ危険」といわれる、そういう被災地ってあると思う。

 

強引な取材だった、タクシーの運転手さんを危ないところで待たせて、死なせてしまったという懺悔。今も「警戒地区になっている」(そりゃそういう場所もあるさ)と危険なイメージだけ流して終わりだと、ああ、またかと思う。もうずっと前から、雲仙は復活しています。島原、雲仙へいく路線バスが減って、さびれつつあるけども。