アンナさんの死

書こうと思いつつ、なかなかまとまらない話。

■ロシア人ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさん暗殺について
2006年10月7日、ロシア人記者、アンナ・ポリトコフスカヤさんが、モスクワの自宅アパートのエレベータ内で射殺されました。この件について、私は、なかなか書けませんでした。今もきちんとしたことは書けません。

アンナさんは、第二次チェチェン紛争からチェチェンを取材し、チェチェン側のテロとされた事件の、ロシア政府の関与について言及してきました。そのため、か分かりませんが、北オセチアの学校占拠事件の取材へ赴いた際、毒を盛られ、意識不明の重体に陥りました。

そのニュースは、母から聞きました。「テレビでロシア人のジャーナリストが殺されたって言ってたよ」
私は(ああ、アンナさんだ…)とすぐに思い、そして悲しい予感は的中しました。

私がアンナさんに関心を持ったのは、彼女の『プーチニズム』という本がきっかけです。アンナさんは1958年生まれ。つまりソ連邦が崩壊した1991年には33歳でした。彼女がジャーナリズムを専攻した学生時代、ゴルバチョフが台頭し、グラスノスチ(情報公開)が行われました。言論が力を持ち始めた「いい時代」に、職業人として歩き始めたからこそ、自国の政府を批判することができたのだと思います。

という書き方はちょっと皮相的だな。反政府の旗手として…ということをいいたい訳ではなかったので、躊躇してたんですけど。

ソ連邦からロシア連邦への体制変換。エリツェン時代を経て、プーチン。ロシアが持つ大国意識と、ソ連時代のものを失ってゆく喪失感。そんなことを絡めながら、もう少し考えてみたいと思います。

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