ヴェネチアにて

ワタシが夢中になっているロシア・アヴァンギャルドの原点は、おそらくヴェネチアにありました。その思い出話を記します。

はじめて一人で海外旅行に出たのは、19才の夏でした。ヨーロッパを約1ヶ月程…というと聞こえがいいかもしれませんが、「どこに行くのも自由」というのは裏を返せば非常に不安で、居所のないようなふわふわとした気持ちでした。もちろん、吹き出すような思い出もたくさんあったのですが(機会があったら書いてみたいと思います)。そんな不安定なワタシは、先々の町でよく美術館に行きました。ロンドン、エジンバラ、ケルン、ウィーンと回るうち、段々と自分の好みがはっきりしてきました。

そしてヴェネチア。乾いた夏の光。細々とした建物、迷路のような小道が白く白く光っています。昼下がり、小路には人影がありません。歩を進めると、小さな広場があります。青い空に、色とりどりの洗濯物がはためいています。道に、迷ってしまいました。

ふと目をあげると、瀟洒な白い建物がありました。誘われるように中に入りました。

白い壁に、小さなグラフィックがたくさん架かっています。おとぎの国のような、タマネギ坊主の屋根がついた建物。ピンクや青の幾何学模様が踊っています。赤いラインが印象的な、衣装。幾何学模様がちりばめられたケープをまとった人。まるで、小部屋の中に、クラッカーが弾けたような、不思議な印象。楽しいような悲しいような不思議な、そのとりどりの絵にワタシは魅入りました。

建物を出て振り返ると、「Russia 1900-1930」と白いバナーに赤い文字が書かれていました。ワタシは何度も何度もその建物を振り返りました。こんなに胸が騒ぐのはなぜなのだろう、一体あれは何だったのだろう…と思って。

ちょうどヴェネチアビエンナーレが開催中で、いくつもあるギャラリーの催しの一つだったのでしょう。でも。あの不思議な感じは、ずっと後を引きました。

その後、なぜか、美大の人々と仲良くなり。あの日見たものがカンディンスキーのグラフィック、タトリンのデザイン画、リシツキー、…だったと知ったのです。

固有名詞を知る前に出会った鮮烈な印象。10数年経た今でも、わくわくします。