トルコ蜜飴

旅行者の朝食 (文春文庫)

旅行者の朝食 (文春文庫)

梅雨入りというのに、先週末はカランと晴れて夏のようでした。夏は暑くてのびてしまうのですが、学生時分から休暇になると旅に出ていたので、勤め人としてくたびれた今でも、夏の予感に心が弾みます。

そんな予感に本棚のこの本が反応しました。『旅行者の朝食』。Завтрак Туриста。なんとなくワクワクするでしょう。

敬愛する米原万里さんの食にまつわるエッセイ集です。ウォットカ、キャビアなど「これぞロシア」な食べ物にソ連・新生ロシアの社会事情を絡めた興味深い話。

タイトルになった「旅行者の朝食」は、とある小噺がロシア人には受けるんだけど、外国人にはさっぱりわからない、それは何で?という疑問から正体をつきとめる話。アタシ的語感とうらはらに、ソ連時代に社会主義的とりあえずっぽく作られた缶詰で、原料不明的なペーストで、たいそう不味いらしい。資本主義となった今では、誰も見向きもしないので、いつの間にか商店でみかけなくなり、そして小噺だけが残った、と。

さて、この本の中で、「トルコ蜜飴の版図」という口中つばが湧き出るような美味しそうな話があります。万里さんが始めてこのお菓子を認知したのは、ケストナーの『点子ちゃんとアントン』。文中に「トルコ蜜飴」が出てきたそうです。1960年代のプラハで少女たちに人気だったお菓子が「トルコ蜜飴」。ヌガーをもう少しサクサクさせて、ナッツの割合を多くした感じ。すると、そんなの目じゃないわよ、と友人がモスクワ土産の「ハルヴァ」という缶入りの(ペースト状の)飴をなめさせてくれた。

こんなうまいお菓子、生まれて始めてだ。たしかにトルコ蜜飴の百倍美味しいが、作り方は同じみたいな気がする。初めてなのに、たまらなく懐かしい。噛み砕くほどにいろいろなナッツや蜜や神秘的な香辛料の味がわき出て混じりあう。

もうワタクシもたまらず、そんなおいしいお菓子を食べてみたい、とページをめくるのでありました。

少女の万里さんもたまらず、父親に「ハルヴァ」探索をせがむ。ところが、父がやっと探してくれた「ハルヴァ」は、固いムギコガシのようなお菓子で、砕いて口に入れるとがっかり期待はずれ。どうやら、ソ連では、ウズベクなどイスラム圏のお菓子のようだけど…口にするたび、落胆。

しばらくして万里さんは、友人のギリシア土産「ハルヴァ」に出会う。遠い日の味。これ。まさしくこれ。

イディッシュ語ではHALVA、トルコ語ではHELVA、アラビア語ではHALWAとつづられ、どうやら同じお菓子をそう呼んでいることがわかってきた。(中略)きっとドイツ人やチェコ人は、ハルヴァを真似して作ったお菓子をトルコ蜜飴と名づけたのではないだろうか。手元の仏語辞典『petit ROBERT』にはHALVAという見出し語があり、「トルコの飴菓子。ゴマ油に小麦粉と蜂蜜とアーモンド(またはピーナッツやピスタチオ)の実などを混ぜて作る」とあった。

そして、イギリスでは「ターキッシュデライト」といわれる求肥のようなお菓子や、スペインの「ポルボロン」といわれる落雁のようなお菓子にも話が及びます。(ターキッシュデライトについては、次号に^^)

そうして万里さんは1つの答えを発見します。ソ連−ロシアの歴史学者・言語学者にして外交研究家、そして料理研究家ポフリョーブキンの『料理芸術大辞典・レシピつき』に詳述されていたそうです。

上記を要約させていただくと

中央アジア、近東、さらにバルカン半島で食される。イランが発祥の地と推定。紀元前5世紀から知られている。ハルヴァ職人はイランでは「カンダラッチ」と呼ばれており、その製法は秘伝中の秘伝。職人の手でつくられるハルヴァは、現在ではイラン、アフガニスタン、トルコだけにある。最良中の最良。
成分は、砂糖、蜂蜜、サボンソウの茎根、油分のある味の濃い食材(アーモンドなどのナッツ類、ひまわりやゴマの種)、穀物の粉がつなぎの役目をはたし、多数の香料が加えられる。
材料の全てを泡状にする。近代工業的手法ではマネできない。冷めたハルヴァはカンダラッチの手によると、空気のように軽くて抵抗のない絶品となる。口中でさくさくとし、たちまちとろける。

こんなお菓子、1度でいいから食べてみたい。
そして、時間的・空間的広がりに思いをはせ、また旅に出たくなるのでありました。