チェチェン・テロの背景

アッラーの花嫁たち―なぜ「彼女」たちは“生きた爆弾”になったのか』(ユリヤ・ユージック著/WAVE出版)を読みました。1999年に開始された第二次チェチェン戦争下、2000年から多発するチェチェン人女性による自爆テロの背景に迫っています。

この本はのんさんの所で紹介されていて、私は衝撃を受けました。女性の「自爆」テロが自分の意志ではなく遠隔操作によって行われていること、女性達の中には拉致され薬を用いられ「自爆」すること、それをビデオに納めている男たちがいること…それが「アッラ−の花嫁」と言われていること。

誇り高いチェチェンの男達が、女性を使い捨ての兵器に仕立て上げるなんて、と。チェチェン武装勢力の「イスラム過激派」である「バーブ教徒」が組織的に行っていることのようです。しかし…「バーブ教」を検索してみると、イスラム原理主義の一派で、イランを起原にしたシ−ア派の異端、とあります。

チェチェンイスラム教は、穏健なスンナ派スーフィズムが伝統としてあります。94年から始まる第一次チェチェン戦争で多くの人が亡くなり、経済が破壊され、アフガンや中東から「イスラム原理主義」が浸透し、武装派の過激化を招いた…。その「イスラム原理主義」(イスラム過激派)はワッハーブ派だった筈です。ワッハーブ派スンナ派の流れにありサウジアラビアが国教としています。

興味のある方はこちらをどうぞ。
「ロシア・東欧学会」 pdf13ページから御覧ください
http://wwwsoc.nii.ac.jp/roto/2002pro.pdf

私はイスラム教に詳しくないのですが、シーア派とスンニ派は随分へだたりがあるのではなかろうか…と、本を読む前から悩んでしまいました。

つまり女性たちを「生きた爆弾」にする「バーブ教」とはなんぞや、という関心を持ってこの本を読みはじめたのです。

本には「バーブ教」のチェンチェンへの浸透過程や組織については詳しく書かれていませんでした。チェチェンの人たちが「バーブ教」と呼んでいるイスラム過激派組織、と考えた方が良いかもしれません。彼等は卑劣なことに、ロシア軍に家族を無惨に殺された後に残された女性、その喪失感につけこみます。あるいは、貧困につけこみ、あるいは家族が組織の末端構成員であったりして、個人的に身動きのできない状況をつくりあげ、「スカウト」するのです。

書かれていたことをまとめると、
・その拠点はアゼルバイジャンの首都、バクーにあるらしい
資金源はチェチェン武装派ではなく、別にあるらしい

そして何より。2003年モスクワの劇場人質事件…「ノルド・オスト」事件では、20名以上の女性が「テロリスト」として動員され(大多数は死亡)、170名以上の人質が亡くなりましたが。その女性たちを「スカウト」した人達の中にロシア側の人間がいたというのです。(ロシア連邦保安局が主導権を握る、チェチェンにおけるテロリズム防止作戦本部の一員が持つ特別通行許可証を持つ人間、と書かれていました)

劇場占拠事件で女性たちが腰に巻いていた「自爆用」の爆弾は、実はダミーであった、とも書かれていました。結果的に、ロシア軍突入後の毒ガスで人質の多くはなくなり、「テロリスト」のほとんどは銃殺されました。が、「スカウト」男性、女性の中には抜け出すことのできた人達がいるんだそうです。

チェチェンについて長く取材をしているアンナ・ポリトスカヤなどは、この事件をロシアと過激派の一部が結託したものだ、と見ています)

著者は、この戦争は「終わらせたくない人間がいるのだ」と言っています。チェチェン戦争は、エリツェンが権力を確立するために始め(94年)、一旦休戦したものの、大統領に就任したばかりのプーチンがさらに戦端を開いた(99年)、権力保持に利用しているところがあると、私も思っています。石油利権もあるでしょうし、国内に抱える民族問題への見せしめ、という面もあるでしょう。しかし、一度休戦にまでこぎつけたチェチェン側のマスハードフ大統領が、今年の3月に暗殺されています。

チェチェン独立派の指導者たちは、かならずや暗殺されているのですが、なぜか、劇場占拠事件および
ベスラン(2004年)で首謀者とされているバサーエフは生き残っています。

この本には、死んでゆく女性たちの写真が載っています。皆、美しい、若い女性たちです。「自爆」テロに女性が必要なのは、センセーショナルであり恐怖心をあおるから、と言われています。権力闘争の裏側で、人の不幸を利用したこうしたやり方は…何とも言えない気持ちになりました。

なお、この本は2003年に発行され、ロシアでは出版禁止になったそうです。ベスラン事件とその前にあったテロ事件でも女性の「自爆」がありましたが、その女性達の身元はわからないようにされています。

_______

もう一つ。『チェチェンで何が起こっているのか』(林克明/大富亮・高文研)には、家族や故里を破壊された多くの女性たちが、ジャーナリストとなってカメラを回していた姿が記録されています。チェチェンにはこういう女性もいるのです(2001年での記事です。逮捕・投獄が相次いだそうですので、現在は…)