シーレのクルムロフ

遅い昼食をとろうと広場に出たら、またもや観光客の群れに入ってしまい ました。道ばたで「ほらエゴン・シーレよ、シーレ」と日本人のおばちゃんが大声でわめいています。シーレが生きているんかいシーレがそこにいるんかい、そこは芸術 センターよ、芸術。ゲイジュツって言葉の意味わかる、と内心毒づきながら群れを突 っ切りました。もうひとつの広場もあふれんばかりの人込みでした。

とりあえず昼ごはんを食べ、外に出ると、あら不思議。あれだけいた観光客がさーっ と潮が引いたようにいなくなっているではありませんか。東洋人だらけだった広場も人っこ一人いません。小屋から出てきたおじさんに現在地を尋ねると、笑って看板を指差してくれました。ワ タシはお城の前の広場に居たみたいです。なんだ、簡単なところにいたのね、とワタシも笑ってお城の門をくぐりました。

塔にのぼると町が一望できました。オレンジ色の屋根がつらなる、 川で囲まれた箱庭のような小さな町です。さらにずんずん歩いてゆくと、台地の上に庭園があり、空が すぱんと抜けました。ベンチではおおらかに抱き合ってちゅーしているカップルがい て、遠巻きに子どもたちが見物していました。そのわきをおじさんが草刈りをしてい ます。ここでのんびり…と思ったのですが、またしても情緒を無視するワタシのボウ コウ。あわてておりると、なんとまた、さっきのおじさんとはち合わせ。またアンタ か…と苦笑いするおじさんにトイレの場所を教えてもらいました。

通りに出ると、子ども連れが目立ちます。お散歩をしたり立ち話をしています。町が日常の姿に変わりました。ワタシは小路に入って写真をとったり、店先を眺めたり しながら、ぶらぶらぶらぶらしてました。すると目の前に「エゴン・シーレ芸術セン ター」が。

エゴン・シーレの作品は、クリムト、ココシュカなどの作品とともに以前ウィーンでたくさん見ました。ポートレートや裸婦像を独特のタッチで描いた画家です。白い肌にさす色がデリケートで、頬の赤みや顔にかかる髪、深いまなざしをふちどる睫毛が匂い立つようでした。

白い壁の建物の中に入ると現代的な内装で、ガラスのエレベータに乗って2階まであがります。企画展として「ミラン・クニーザック」という人の展示をやっていました。その上の階がエゴン・シーレの部屋。作品は少なく、彼の生涯をパネル展示で紹介していました。彼の母親がクルムロフ出身で、映像でその作品を紹介する(らしい)コーナーもあったのですが、ビデオの操作方法がよくわからなかったので、彼が描いた作品のビューポイントをプロットしてあるクルムロフの地図を頭に叩き込みました。

「これだけ?」という疑問が浮かびました。下に戻って受付のお兄さんにほんとにこれだけ?と尋ねると、「これだけ」と。楽しみにしていただけに未練がましくミュージアムショップで絵葉書などを物色しました。他に誰もいなかったので、受付のお兄さんに、シーレはクルムロフを描かなかったの?と聞きました。お兄さんは、「彼はクルムロフを描いた、とてもたくさん良い作品を残した」とおっしゃる。「でもここにその作品はないんだ」理由を問うと「高すぎるから」。納得できる理由でした。

時間があるんだったら、この本をみてゆきなさいよ、と薦められた分厚い装丁の本。シーレの描いたクルムロフの画集です。ページをめくると、シーレらしい、シーレが描いたと一目でわかるクルムロフの町がありました。陰影のある、屋根と屋根。オレンジの屋根がオレンジ一色でなく、直線が直線でなく、影のある色と形状のモザイクのような町でした。ワタシはこの画集一冊見られただけで、来て良かった…と思いました。

お礼を言って外に出て、川沿いをずっと歩いてゆきました。陽が傾いて、川面に光が跳ね、路地の影は濃くなり、崩れた壁からお城が見えます。黒い野良犬がワタシの後をついてきて、そして離れてゆきました。