二葉亭四迷

二葉亭四迷の明治四十一年 (文春文庫)
二葉亭四迷の明治四十一年 (文春文庫)
ワタシは台風が過ぎた翌日は、からんと晴れると決まっているものだと思っていたのです。しかし、すっきりしない天気ですね。おかげで、昨日の水着が乾かず、さらに、眠気がつづいているため、今日の水泳は行く気がおこりません。この3連休、やらねばならぬことがたくさんあったのですが…結局何もしないで終わりそう。。あ、上記の本を読み終えました。ワタシは、「浮き雲」も「あひびき」も「其面影」も二葉亭四迷の本を実は読んだことないのですが、関川夏央氏の描く二葉亭は、魅力的です。
二葉亭のみならず、明治20年代から40年代にかけての、明治の文学者の生活と創造活動について紹介しています。その中で、ワタシが知ってる人では樋口一葉坪内逍遥夏目漱石石川啄木。二葉亭とのつきあいの濃淡にかかわらず、社会や経済背景を照射するために文学の人たちをとりあげているのですが、ワタシが好きなところは、当時の一円の価値がなんとなくイメージできるところです。とにかく借金や原稿料、月給、浪費などお金の話がよく出てきて、「やりくり」という言葉が身につまされるのであります。それと、二葉亭は、兄貴分として坪内逍遥に頼っていた…という話がこの二葉亭の迷走の根底にあるようなのですが、そういったことが許された江戸から明治にかけての人間関係(個人の資質に因る所も大ですが)と彼等の人間力には感服しました。二葉亭の迷走…とは、女性関係だったり、新聞記者や語学教師など職を転々としたり、憂国の志を持ち大陸へスパイまがいのことをしにいったり、最後はロシアのペテルブルグへ行き、そこで病に倒れ、帰国途上で亡くなるというようなことですが…近代文学の形を作ったと評判の人にしては、文学活動は中抜けしてたみたいですね。
関川氏がこんな風に書いてます。「結局、彼は新聞記者には不向きだった。作家としても、いらざる苦労をかいすぎて、いたずらに心を疲れさせるばかりだった。すなわち、二葉亭には文人としての才能はあったが、適正はなかった」
この文章は、一見するとひどく突き放したようですが、関川氏はたぶん二葉亭やその周囲にいた文人達、そして彼等が生きていた時代に身を沿わせ、共感し、その結果、どこか含羞を持って書いているのではないかな〜なんて拝察するのです。いや、それだけこの関川氏の描く明治は魅力的なのです。おもしろかったです。次は、久世光彦氏の「瀟々館日録」を読み途中です。氏の描く大正時代の文人の世界が楽しいです。

しかし、「ことえり」での入力はつかれる。。家Macは全然かまってあげてないから自業自得なのですが…ひーん。